恥じの上塗りは許さんて: 崩壊佐渡市観光意識へ反世界遺産
新潟県による佐渡世界遺産化の動きが去年秋以上に激しい。
季節の変わり目か…?
県政が、これじゃ、空恐ろしいばかりだ。
まるで、無数の組織化を含めた地盤整備による血税投入、必要性を欠いた募金活動等が行われれば行われるほど、県民の総意を騙る材料とされ、2017年ユネスコ登録申請への圧力としているかのよう。
佐渡汽船・新造船への国民を巻き込んだ2年間で90億円になろうかという血税流用決定も、その一環かも知れない。
が、
今も尚、観光を主導し、只管過疎に塗れる佐渡市に、日本を代表する観光化意識が有ろう筈はない。
その1つの証拠。
佐渡海運一切を牛耳り、低サービス・高額運賃により10年で観光客数半減に至らしめた元凶の1つ、公共航路に君臨した佐渡汽船への垂れ流し状態にある血税補填策。
この汽船会社は、日々、一般投資家が利益のために市場で凌ぎを削り合うことを許す上場企業。
それを制御も出来ずに、言われれば言われただけを支出し、自由主義社会の自由競争市場を脅かさんとする行政の何処に、「世界化」を可能にできる能力を見取れるのか?
しかも、航路の公共性を血税流用の根拠にしている佐渡汽船は、赤字を理由に主要航路の1つである小木航路を季節運休させている。
この矛盾は、根拠たる公共性を担保していない。
その虚構の何処に、「世界化」の独占輸送に値する能力を見取れるのか?
もう1つの証拠。
それは、島の将来を担う若者らが起こした、許可済み事業展開を地域の一部が粉砕したこと。
僕はここに過疎にもがき苦しむ佐渡の排他的根源を見る。
いいか? 佐渡市。
安倍の最大の過ちは、明文主義だよ。
だから、憲法解釈でさえ、来る日も来る日も無用な議論に費やし、先へ進めない。
(進める気が有ればだが。)
ところが、現実社会では、度々、ルールに無い行為でも、その実行を先行させることで、そこでの問題解決要件が満たされる。
元・石原都知事の尖閣購入計画は、その明示だった。
だから、十人十色で1300万色の東京が先へ進める。
オリンピック開催然り。
オリンピック中止を謀ったご老体排除然り。
その社会定義は「どんな法律よりも事態が優先する」ということ。
そして、その事態には、何ものにも勝った緊急性と必要性が要求されるし、その明文化には、実行を後に正当化するだけの力しかない。
そこでだ、
職員は、どうして沢根漁協に介入しなかったんだ?
事業展開を図る地域の若者らは過疎地の至宝。
それを援助しないで、自治の背丈に合わない誇大妄想を援助してる場合か?
ルールがどうあれ、率先して市職員が漁協に乗り込み、直談判し、地域の将来像を最優先した判断を示すことこそ真の援助で、それが地域発展に必要な、確固たる「事態」じゃなかったのか?
貴重な血税を一企業に垂れ流しながら、荒唐無稽な看板に依存し、補助金に依存し、その挙句、次は募金などと、行政が自活を顧みないで、その必死さがなくて、何で過疎から脱出できるのか?
そこに何で自己批判が起こらないのか?
そんな意志も意識も欠けた弱性行政が出来るのは、せいぜい、無抵抗の島外釣り人を防波堤から排除するだけか?
それで世界遺産なんて既成看板に縋るだけで、どうして先へ進めるのか?
2011年前後の観光客数60万人割れに至る「無策」という経緯は、佐渡島民と出身者を酷く傷つけた。
その一方で、この50万人台が、佐渡観光の実力と見ることも出来た。
その状況を、金集めに躍起になるばかりの安易さ、強欲さ、集り意識によって覆させ、先の痛みを繰り返しちゃならない。
それは許せない。
そこに世界遺産化の成功なんてあり得ない。
その失敗の過程は、次に60万人を30万人にするぞ。
そうやって、また、島内事業者を潰すのか?
世界遺産看板は上越新幹線開業以降の観光化失敗による穴埋めに決してならない。
貰う事、依存する事が慢性化した自治の世界化こそ、恥じの上塗りだってことに、さっさと気付け。