羽田直通便の夢: 新佐渡空港と、その足元
(転載)
12月新潟議会で泉田知事は、空港建設予算案提出を予定しているそうです。
建設計画は、更に1歩を踏み出した感があります。
もう5年以上前の事。
佐和田の飲み屋で、5~6人の若者が真ん中の席を陣取り、熱い論議を戦わせていました。
彼らは商工会のメンバーで、会議の二次会だったようです。
内容は、新空港建設の是非。
一派は、赤字必至を盾に反対。
もう一派は、島民利便の重要性が赤字を上回ると、反対派を説得にかかります。
離島住民の思いは、結局、ここに集約されます。
生活利便性です。
それは、離島生活を橋渡ししていく子供達への責任と希望の一端です。
従って、この点において、反対派の論調は精彩を欠きました。
これまでに書いてきた通り、離島は国領の指標であって、国家は、その保全のために万全を期さねばなりません。
それは、優遇され、特権を与えられるべきで、本来、収支は問題になりません。
しかし、日本国家主義は、現在、その大衆統治を議会制民主主義に委ねます。
民主主義の概念は、公平観に基づきます。
しかし、それは平等とは違います。
消費税は公に均一であるが、分相応に等しくないのと同義です。
民主主義の1つの大きな特性は多数主義ですから、多数のための東京と少数のための佐渡が不平等である事が、公平と見なされます。
そして、この状況の中では、適って然るべき島民の切望は、市、県議会を経て、公的統治システム上からの判断を仰ぎ、且つ、その収支に責任を負わねばなりません。
しかし、すでに多くの時間を費やした新佐渡空港建設案ながら、その前途は、必ずしも悲観的でないんです。
例えば、羽田・佐渡を166人乗りエアバス機が就航し、1日平均2往復したとします。
羽田発がほぼ満員の150人搭乗として、1日300人の来島。
それでも年間、たったの109,500人です。
現佐渡観光が如何に衰退したとは言え、年間60万人を誘致しています。
従って、機能性、先進性から、11万人を増加させることが難しいとは思えません。
それに、この増加分程度なら、独自努力によって選り抜かれた現在のサービス分野が収容する事も可能で、不十分なサービスを取り沙汰されたような以前の二の舞を踏む心配もないでしょう。
そして、それ以上に有意義なのが島民生活のための環境改善が図れる事で、この空港建設が完了して初めて、島外者の定住促進を掲げる土台が備わるように思います。
新潟県も佐渡市議会も、空港建設では一致しているようです。
それは、佐渡汽船に殆ど影響が出ないという見方故なのかもしれません。
上記の二次会に参加し、空港建設賛成を主張していた知人は、最近、ガメチンに言いました。
「佐渡汽船はどうでもいい。」
その収支に責任を負えない腐れ企業の佐渡汽船。
補助金と天下り確保のために血税を容赦なく、そこへ注ぎ込む地方行政の職権乱用。
そして、その悪循環に手も足も出せない糞民主主義。
首都と1本のパイプで結ばれるかもしれない、その足元では、若い父親が、「どうでもいい」と吐き捨てるしかない現実が横たわります。
この状況を変えられるとしたら、それは、現状を容認する今の佐渡市議会じゃありません。
30代がたった2人しかいなかった市議会を引っくり返してみませんか?